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オバマとは何だったのか:「最高で最低な大統領」

(1)圧倒的な陶酔感の中で現れた「国民統合」の象徴

オバマとは一言で言えば、「最高で最低な大統領」だったのではないだろうか。それぐらいドラマテックな「オバマの時代」だった。

あまりにも期待が高かったために、その分、失望感も大きかった。

オバマ支持が一種の社会運動に昇華した2008年の大統領選挙を経て、さっそうと現れた初めてのアフリカ系大統領は、リーマンショックによる不景気や、「テロとの戦争」も一気に解決してくれそうなスーパーマンのようだった。多くの国民はオバマの雄姿とアフリカ系の苦難の歴史を重ね合わせ、オバマの就任に目を潤ませた。

そもそも「バラク・オバマ」の名前が全米的に知られるようになったのが、2004年の民主党全国党大会の基調演説であり、この演説で当時上院議員選に立候補していたオバマは「アメリカは青(民主党支持者)の州も赤(共和党支持者)の州の寄せ集めであったことは かつてなく今もこれからもアメリカ合衆国なのだ 」と力強く指摘した。「保守(共和党)対リベラル(民主党)」という2つの極への政治的分極化がすでに2004年段階でも目立っていたことに対するオバマの警鐘だった。オバマが体現していたのは「国民統合」であり、

「2つのアメリカ」と対極にいたのがオバマのはずだった。

外交政策では、ブッシュ前政権の外交を否定することこそがオバマ外交の基調だった。ブッシュ政権の第1期にネオコン組が台頭し、イラク戦争を中心とする介入主義をもたらしたが、これに対し、オバマは、不要なアメリカの介入を避け、対話を進めるという政策を打ち出した。アフガンとイラクという2つの戦争で疲弊した国民の厭戦感をとらえた現実的な外交であった。また、「アメリカ後の世界」(ファリード・ザカリア)という多極化世界の中でのアメリカ外交を位置づけようというのもオバマ政権の狙いだった。

就任直前に筆者はワシントンを訪れたが、様々な人の話を聞いても「オバマが新しいアメリカをまとめてくれるはず」という圧倒的な陶酔感(ユーフォリア)に包まれていた。

(2)「最高で最低な大統領」

7年3カ月たった今現在、その夢は全くと言っていいほど消えてしまった。

無理もないかもしれない。これまでも進んでいた「保守対リベラル」という政治的分極化が就任後、さらに激しく加速化したためだ。オバマ政権発足間もなく生まれた保守派のティーパーティ運動はうねりのように全米に拡大していった。運動参加者はオバマの訴える政策を「ごり押しの“大きな政府”」と吐き捨てた。

各種世論調査によると、就任直後は、6割から7割の国民がオバマを支持したが、その数字は減り続け、就任後約1年後には支持と不支持が並ぶこととなる。その後はずっと、支持と不支持率がほぼ4割台後半で長期的に拮抗し、現在に至っている。就任直後を除いて、支持と不支持率が拮抗したままほぼ動かないというのは、大統領の支持率調査が定期的に行われるようになったトルーマン以降、どの支持率の推移のパターンにも当てはまらない。通常なら、当選時に最高となり、あとは徐々に下がりはじめ、2年目の終わりの中間選挙のあたりで最低を記録、その後再選に向けて徐々に支持率が上がり、2つ目の支持率のピークが訪れる。もし、再選された場合は再び支持率が下がっていく――というのが通例である。

この異質な支持率の推移には、オバマ大統領の支持についての党派性の強さがある。民主党支持者はなんと現在でも就任当時とほぼ変わらない8割がオバマを支持している。しかし、共和党支持者は就任当初こそ支持率は4割程度だったが、その数字は就任後半年くらいに10%台となり、ここ数年は1ケタ台となることも少なくない 。無党派層からの支持率の推移も、就任当初の6割から就任後半年くらいに4割台となり現在まで大きく変わらない。このように民主党支持者はオバマを溺愛し、共和党支持者はオバマを敵視する。

アメリカ国民にとっては、オバマは「最高であり、最低な大統領」という例外的な存在の大統領がオバマである。

(3)リベラル派に依拠した「開き直り」

就任直後を除けば、オバマ大統領の政策運営も頓挫した。1期目の最初の2年間は上下両院で民主党が多数派だったため、大型景気刺激策、医療保険改革(オバマケア)、ウォール街規制などの画期的な政策を何とか実現できた。だが、2010年中間選挙の大敗で、下院多数派が共和党に奪われた後は、重要な政策はほとんど動いていない。それ以降、特に、財政をめぐる共和党との対立は、息が詰まるような閉塞状況を生み出した。例えば、予算をめぐって対立で2013年10月には16日間にわたって、連邦政府の機能の一部停止に至った。

それでも、再選を目指した2012年選挙では、選挙戦術がお世辞にも上手とは言えなかった共和党・ロムニー陣営の敵失もあり、再選を勝ちとった。

この選挙で勝利した大きな理由が、保守層からの支持をあきらめ、支持層であるリベラル派に大きく依拠した点にある。例えば、オバマ大統領の2期目の就任演説にはリベラル派に依拠した様々な「開き直り」が見え隠れしている。

2期目の就任演説の中心のテーマは、「全ての人間は平等に造られている」という独立宣言と、「人民の、人民による、人民のための政治」というリンカーンゲティスバーグ演説を基に、貧困層や同性愛者、移民ら、いまだ十分な平等が達成されていない様々な弱者に対して政府が手を差し伸べ、守るべきであるという主張だった。そして。演説の後半部分の「私たちの旅=課題=はまだ終わっていない」という印象的なリフレインは、キング牧師の「私には(全ての人が平等となる)夢がある」という言葉を下敷きにしているのはいうまでもない。

ただ、演説内容についての評価は、分かれるところである。リベラル派にとっては感動的な演説であるのは間違いないが、保守派にとっては、今回のオバマ演説は「独善的な大きな政府への回帰宣言」に過ぎない。

ただ、演説を何度も繰り返し聴いていると、オバマは意図的にリベラル回帰を宣言したのは明らかだった。演説の中での常套句である「議会との協同作業」などには一切ふれず、共和党側を全く無視したような演説になっている。セネカフォールズ(女性解放)、セルマ(黒人)に加え、国民にややなじみが薄いストーンウォール(同性愛者)というそれぞれのマイノリティの権利獲得運動の象徴的な場所を演説で取り上げたのも、オバマのリベラル回帰を象徴的に示している。

ことごとく共和党と対立した過去の4年間を踏まえて「自分の信じる政策を突き進んだ方が国民はついてくる」というのがオバマの本音だったのかもしれない。大統領に3選はないため、実際、オバマにとっては選挙を恐れずに大胆に政策遂行が可能となる。そのため、オバマ自身も共和党からの「解放」宣言をこの演説で示したかったのかもしれない。1期目の苦しみを言葉に織り込み、演説にすごみを与えたといったら言い過ぎだろうか。

(4)「国民を分裂させた大統領」

ただ、リベラル派を固める戦略を前面に打ち出した2012年選挙以降、オバマの存在そのものが、政治的分極化をさらに顕在化させた感もある。

政治学では、「大統領は内政に弱く、外交に強い」という一種の方程式がある。ただ、オバマ外交の基調である「ブッシュ外交の否定」も成果ばかりではない。「ブッシュ外交の否定」の象徴が「アフガニスタンイラクからの完全撤退」であり、これこそがオバマ外交上の最大のレガシーになるはずだったが、この読みが大きく外れている。イラクについては、2011年末までに米軍最後の部隊のイラク撤退が完了し、約9年にわたる戦争を終結させた。しかし、この撤退についてはかなり拙速の感があり、2014年に入ってからのイスラム国の台頭を招いてしまった。アフガニスタンについては2008年の大統領選挙のころからオバマにとっては「テロ対策の主戦場」という位置づけであり、就任時にから最大3倍以上の10万人規模まで増派を続け、治安回復を進めた。2011年5月には同時多発テロの首謀者でアルカイダを率いたウサマ・ビンラディンを殺害したこともあり、順調にみえてはいた。だが、実際にはタリバンはかなりしぶとく、パキスタンに逃げ込むことで勢力は衰えていない。このままではこれは第二のイラクになってしまう可能性もあるため、一時期には撤収方針を明らかにしたが、この見直しに至っている。オバマ政権第一期目のアジア・リバランスも名称だけが先行し、中国はアメリカの本気度をうかがっていた。中東やウクライナ問題でアメリカが介入しにくい状況に安堵したのか、中国は海洋進出を続けている。

世界中のアメリカ政治研究者や実務担当者の間でおそらくこの1カ月の間で最も読まれているのが、雑誌『アトランテック』に掲載されたジェフリー・ゴールドバーグの“The Obama Doctrine"(March 2016)であろう。筆者ゴールドバーグが何度もオバマ大統領に直接、話を聞き、オバマ自身に過去7年の外交政策運営を語らしている。記事の中で最大のポイントである「オバマ・ドクトリン」とは、“Don’t do stupid shit!”(馬鹿げたことはするな)という汚い言葉交じりのオバマの言葉に他ならない。“stupid shit!”の代表例が、ブッシュ前政権の時のイラク戦争であり、国益を無視して、体力以上に介入を続けた結果、アメリカの海外での威信の低下や、国力そのものの低下につながっているとオバマは考えている。ただ、オバマのこれまでの外交を見ていると、「国際社会におけるアメリカの役割の放棄」とみる国民も少なくないはずだ。

圧倒的な陶酔感の中で現れた「国民統合」の象徴がオバマだったが、就任してからは、皮肉なことに国民が徹底的に分断してしまった。日本など海外ではオバマ人気はまだ高いが、アメリカ国民にとっては何とももどかしいはずだ。2008年の大統領選挙で国民統合を訴えたオバマが「国民を分裂させた大統領」になってしまっているのはたまらない皮肉である。

大統領選挙に大きな注目が集まる中、これまでの外交上のレガシーをまとめあげるかのうように、4月後半にはオバマ大統領はサウジアラビア、イギリス、ドイツなど、同盟国を次々に歴訪している。5月末のG7伊勢志摩サミットもこの延長線上にある。もしかしたら、就任の時から何度か話題に出ていた広島訪問も実現するかもしれない。

オバマが「脱ブッシュ」を強く意識したように、次の大統領がだれになっても何かしらの「脱オバマ」を標榜するであろう。次期大統領のリーダーシップ次第では、オバマに対する後世の歴史家の評価も変わってくるかもしれない。

残りの8カ月、オバマは何を残そうとするのだろうか。

前嶋和弘
 上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治。上智大学国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)など。

2016年4月25日