チェスは人の頭を良くするか

一般的にチェスを習うと賢くなると言われている。世界中のチェスクラブやチェス連盟は学校、特に小学校の授業にチェスを取り入れるよう勧めている。アルメニアでは、全ての小学2―4年生がチェスの授業を受けている。米国では「タイガー・ペアレント(教育熱心な親)」たちは、チェスのレッスンを音楽やコンピューターのクラスと同等に見ていることが多い。良い成績を取って一流大学に入るという目標に向け、自分の子を有利にする方法の1つだと考えているのだ。

 チェスは長年、知性と関連づけられており、チェスのグランドマスター(最高位の称号を持つ選手)たちは驚異的な精神力を持つ。現世界チャンピオンのマグヌス・カールセン氏は、ニューヨークで現在行われている世界選手権大会で挑戦者のセルゲイ・カヤキン氏と対局中だが、子供の頃、桁外れの記憶力を持っていたと伝えられている。最近ニュージャージー州で行われたエキシビション・マッチでは、11人と同時に対局し、20分足らずで全員を打ち負かした。

 

 では、チェスプレーヤーは賢いのだろうか。これまでに幾つかの研究チームが、さまざまな認知力を測るテストを実施してそれを突き止めようと試みてきた。心理学者のギレルモ・キャンピテリ、フェルナンド・ゴベットの両氏は2011年、学術誌「カレント・ディレクションズ・イン・サイコロジカル・サイエンス」掲載論文で、これらの研究結果を分析し、チェスプレーヤーの知能テストの点数が、チェスをしない人のそれより高かったことを突き止めた。

IQとチェスの関係

 また心理学者のアレクサンダー・バーゴイン、デービッド・ハンブリックの両氏は今年、学術誌「インテリジェンス」に掲載された論文で、19件(計1800人近くのチェスプレーヤーが対象になった)の研究結果を分析し、知能指数(IQ)とチェスのレベルとの相関関係を示した。強いプレーヤーは弱いプレーヤーよりIQが高い傾向にあった。とりわけ、新しいプレーヤーや若いプレーヤーで、その傾向が強く見られたという。

 これらの結果は必ずしも、チェスが人を賢くすることを意味しない。それは、チェスには高い精神力が必要という評判があるため、比較的知的な人がチェスに引き寄せられているかもしれない。また、最も賢いプレーヤーが最も上達する傾向にあるかもしれない。

チェスをすること自体の効果を調べるため、英国の慈善団体「エデュケーショナル・エンドーメント・ファンデーション」は昨年、ある実験の資金を援助した。この実験では、100校の小学校の5年生のクラスを無作為に選び、通常の時間割にチェスの授業を組み込む群と、いつも通りの授業を続ける群とのどちらかに割り振った。

 生徒は学年末にIQテストを受けなかったが、算数、科学とリーディング(読解)の成績が評価された。チェスを学んだ生徒の成績は、学んでいない生徒のそれと変わらなかった。しかし、2011年にイタリアで行われた類似の精度が少し低い研究では、小学3年生のクラスにチェスの指導を追加したところ、算数のテストの成績が良くなった。

戦略的な思考力も

 

 学界の決まり文句なのだが、このテーマについてはさらなる研究が必要だ。だが、チェスを学ぶことがIQや算数の成績の向上につながるか否かにかかわらず、子供たちは(そして大人たちも)チェスを学ぶことから多くのことを得られる。イスラエルグランドマスター、ボリス・ゲルファント氏は今年、チェス24・ドット・コムに掲載されたインタビューで、チェスは子供たちが「戦略的に計画を立てるスキルと考える習慣を身に付け、自分の行動に責任を持ち、相手に敬意を払う」ようになる一助になると述べていた。

 ベテランのチェス講師で、本の著者でもあるブルース・パンドルフィーニ氏は、チェスをすることで一連の有用な知的習慣が育つと考えている。類似性を引き出す、パターンを探す、といった習慣だ。同氏はまた、プレーヤーが「問題や人生の苦難に直面したときに、哲学者のように冷静なアプローチを取れるかもしれない」とも指摘する。プレーヤーは、自分の感情及び欲望いかんにかかわらず、ゲームには客観的な現実があることを学ぶ。そして、彼らはその現実を、自分の視点だけでなく、相手の視点からも眺める重要性を学ぶのだ。

 最も重要なことは恐らく、チェスが人生に対してより知的なアプローチを取るようプレーヤーに促す点だろう。このゲームには何世紀もの歴史が潜んでおり、複雑な論理構造が関わっている。そして、やってみると面白くて引き込まれてしまう。子供たちは、チェスを始めると、没頭して学ぶことが好きになり、その効果は他の方面でも表れる可能性もある。たとえ、彼らが世界チャンピオンのカールセン氏の驚異的な力に及ぶことが決してないとしても、だ。