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考えさせられたこと

親子で参加している日本人のプレイグループでちょとした出来事があった。

母親達がテーブルに座って、談笑していた時のこと。急に「ウェ〜〜〜〜ン」と聞こえた女の子の泣き声で振り返ってみると、息子とお友達の女の子が1つのおもちゃをつかんでいた。ふたりとも頑としてそのおもちゃを放そうとしない。

今になって思えば、何をするより言うよりも先に本人にきちんと事情を確かめるべきだったと思うが、その時とっさに私の口から出た言葉は「ほら、おもちゃ貸してあげないから、泣いちゃったじゃないの」と、勝手に息子に非があったのだと決め付けた発言になってしまった。もちろん、相手の親御さんとの交友関係に支障をきたさないためにはこれでいいかと思われる。

しかし、それでは息子は納得がいかなかった。なぜならば、それは事実に反していたからだ。実際には息子が遊んでいたおもちゃを、いきなり女の子が奪い取ろうとした、ということらしい。もちろん、そこですぐに相手におもちゃを譲ることができなかった息子も息子だが、しかし、とにかく彼にしてみれば、だから、自分は間違ってはいなかったと信じていたに違いない。
それを母が怒ったものだから、悲しみと、悔しさと、怒りが入り混じって大爆発した。母は息子がこれほどまでに感情をむき出しにした姿を、これまで1度も見たことがなかった。正直言って、動揺した。

息子は、目に悔し涙をいっぱいためて真っ赤にし、しかし涙はこぼさずに、声だけしゃくりあげて泣き、言葉にならない大声をあげながら、母の胸元を両手で力強くたたき続けた。「どうして分かってくれなかったのか」と言わんばかりに両手を振りかざしてくる息子、叩かれた胸も痛かったが、なによりずっと心が痛かった。

その女の子が、他の子の持っているおもちゃを欲しいと言って泣き喚いている姿は何度か見たことがあったし、よくよく考えてみたら、息子には、人が使っているおもちゃを奪い取ってまで遊んでやろうなどという勇ましさはなく、そういう時にはいつもこっそり私の耳元で「あのおもちゃで遊びたいんだけど、『貸して』って言ってきてよ」と言うのが精一杯だったではないか。それなのに、泣いている女の子の姿を目の当たりにしてあたふたしてしまい、真実を確かめないまま間違った方向でその場をなだめようとしてしまったことを深く後悔した。

交流の場で起きるこうしたハプニングの場面では、大抵の親が「自分の子供に非があった」という態度を取ることで、その場を丸く収めようとするケースが多いと思う。これは親の面子を守り、親同士の交流関係を健康的に保持するという意味では有効であろうが、同時にそのことで、小さな自尊心が傷つけられることもあるのだということを忘れてはならないのだと改めて考えさせられた。