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リラックスできなかった夜

息子を早く寝かしつけることに成功した夜には、のんびり映画鑑賞をするのを楽しみにしています。今の私の唯一のリラクゼーションと言ってもいいでしょう。レンタルDVDも利用しますが、ケーブルTVには数え切れない程のムービーチャンネルがあって、どこかしらのチャンネルを廻せば、まぁ見たい映画にたどり着く感じ。さらにOn Demandというサービスがあるのですが、これだと自分がテレビのスケジュールに合わせる必要がなく、自分がカウチに座った瞬間から好きな映画を開始することができて、またトイレに立つ時などには、その映画をポーズすることもできる便利なシステムです。

さて、昨晩はオスカー・ナイトの直後ということもあり、話題の映画「バベル(Babel)」をレンタルDVDで見る事にしました。カウチ・ポテトなんて言葉がありましたが、私の映画のお供は、チーズと赤ワイン。リビング・ルームに3つあるライトを1つだけ点けて、ブランケットを抱えてカウチに座り込みます。

この映画をまだご覧になってない方もいらっしゃるかと思いますので、ストリーには触れませんけれど、いやぁこれはリラックスしたい時には、全く不向きな映画でした。英語ではDepress(憂鬱にさせる)という言葉があるのですが、まさにその言葉がぴったりな重い内容の映画で、途中で止めようかと思ったほどです。でも一方で、この映画のお話が一体どこへ流れていくのかが気になって、結局最後まで見るはめとなりました。

ちなみに「バベル」というのは「バベルの塔」のことです。バベルの塔は旧約聖書の『創世記』に出てくる伝説上の巨大な塔で、古代メソポタミアの中心都市であったバビロン(アッカド語で神の門の意味)にあったといわれ、古代メソポタミアに多くみられたジッグラトという階段状の建造物だとも言われているのだそう。

Wikipediaによると
バベルの塔の記事は旧約聖書の『創世記』11章にあらわれる。位置的にはノアの物語のあとでアブラハムの物語の前に置かれている。そこで語られるのは以下のような物語である。

もともと人々は同じ1つの言葉を話していた。シンアルの野に集まった人々は、れんがとアスファルトを用いて天まで届く塔をつくってシェム(ヘブライ語、慣習で名と訳されている)を高くあげ、全地のおもてに散るのを免れようと考えた(偽典のヨベル書によれば神はノアの息子たちに世界の各地を与え、そこに住むよう命じていた)。神はこの塔を見て、言葉が同じことが原因であると考え、人々に違う言葉を話させるようにした。このため、彼らは混乱し、世界各地へ散っていった。


そしてこの映画「バベル」は『私たちは、いまだ、つながることができずにいる。神は、人を、分けた。』がメッセージ。同じ時間に全く違う場所で生きる人々をつなげるものは…。

この映画は真剣になにかを考えたい時に見るべきでした。
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(16世紀の画家ピーテル・ブリューゲルによる有名な絵画「バベルの塔」)