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同窓会に出席する

私の帰国がきっかけとなって、高校時代の仲間が集まってくれることになった。当時特に仲が良かった仲間だけで割合こじんまりと集まる会。今回の帰国中のイベントの中でもかなり楽しみにしていたこの同窓会。定期的に連絡を取り合っている友人はともかく、卒業以来会っていない人も多くいて、そうなるとほぼ20年ぶり位に彼らには会うことになる。

これまた久しぶりの梅田。新しいビルが所狭しと建っている。それにしてもすごい人だ。一人で会場に向かえる自信がなかったので(だって迷子になってしまいそう)、先に別の場所で待ち合わせた数人と一緒に会場のあるファッションビルへ向かう。

すでにレストランには数人が到着していて「わぁ、久しぶり〜〜〜」の声連続。皆基本的には変わっていない。テーブルがいくつかに別れていたせいもあって、なぜだか自然に男子のテーブルと女子のテーブルに別れてしまった。早速女子同士で男子のうわさ話開始。みんなあんな昔のことを結構ちゃんと覚えているものだ。誰と誰が付き合っていた、とか、誰が格好よかった、とか、そんな高校生当時のままのノリで盛り上がる。

1次会はちょっとおしゃれな和風料理屋さんで、そうしてその後お茶を飲んで、2次会は居酒屋、3次会はカラオケボックスへ。お昼に始まったのに、終わったのは夜の11時過ぎ。私は3次会まで居残ったので、ほぼ半日彼らと様々な思い出を語り合ったことになる。

それにしても改めて思うのは、「こういう仲間がいるのはいいなぁ」ということだ。中高時代を一緒に過ごした仲間というのは、ちょっと恥ずかしい言い方になるが「青春そのもの」だと言えると思う。毎日毎日顔を会わせて同じ教室で学び、やれ運動会だ合唱コンクールだとか、やれ遠足だ修学旅行だとか、他にも本当にいろいろあって、大学時代や社会人時代の友人たちとは全く違った密度の濃い時間を共有している。中高生というモラトリウムの中で全く無邪気に振る舞いながら、一方今よりずっと純粋にかつ真剣にいろんなことを考えていた時期でもあったようにも思う。若さゆえの無防備さがあったからこそできた発言や行動も多かったし、そうしてなにより若いということだけで強かったと思う。そういう時代を一緒に過ごし、思い出を共に重ねてきた仲間、それが彼らだ。

思い出を紡ぐ作業は楽しくてそして同時にちょっと悲しい。それはきっと、もうどうしたってあの頃の自分に戻ることができないと再認識することでもあるからだ。でも人生というのはこうした数々の思い出に支えられているから、守られているから、「明日」という未来へつなげていくことができるのだという気がする。だから私は、私のことを思い出として胸にしまってくれている人々には本当に心から感謝するし、私自身も彼らの思い出が錆付いてしまわないように、大切に保管していかなくてはならないと思う。

古いアルバムのページをめくりながら、大人になりすぎて忘れかけていた様々なことが蘇ってきて、胸がちょっとキュンとする。あの頃、あの教室で交し合った笑顔は今もそのままだった。それがなにより嬉しかった。今度は一体いつ彼らに会えるのだろう。