そういえば…と思ったこと

先日買い物に行った時のこと。衣料品店で数点気に入ったものがあったので、それらを手に試着室へ向かった。

もう随分長いこと日本で買い物をしていないので(というか、帰国すらしていないので)、日本の衣料品店の試着室がどんなだったか、あまりよく覚えていないのだけれど、大体がカーテンで仕切られた一角が売り場の中にある、そんな感じだったと思う。一方この国のそれは、まるでデパートのトイレみたいに両側に個室がずらっと並んでいて、そうしてそこへ勝手に入れる店もあるが、普通は入り口には店の人がいて、「いくつ持ってるの?」と聞いてくる。「3つです」と答えながら手に持った商品を見せると、「3」と書いたプラスティックの札をくれてやっと試着ルームへ。

さて持ってきたセーターを試着してみると少し大きい。でも、これよりワンサイズ小さくすると、「ちょっときついかも?」と思い、「両方のサイズ、持ってくればよかった」と思ったその時になんでだか「やっと」気づいたことがあった(遅いけど)。

そう。この国には「おサイズいかがですか〜」と外から尋ねてくれるお姉さんがいない!!

日本ではたいてい試着室へ入ると、その5分後くらいに即効で外から声をかけてこられることが多い。「おいおい、まだ服脱いでもいないってば」と突っ込みたくなるくらいだ。それを抑えながらあくまでも上品に、「ちょっと待ってください」なんて答える。すると、今度はその2分後くらいにまた同じように声がかかる。お姉さんよ、まぁ待っててくれたまえ、これじゃぁゆっくり試着もできやしない。そうして、パンツが物の見事に入ってスッキリ格好よく決まった暁には堂々と出て行って、「ちょっときつく見えないですかぁ?」なんてわざと言ってみたりできるのだが、現実はそう甘くはない。ああ、悲しいかな、お腹のジッパーがやっと閉まってパンパンで見苦しい、なんて有様だ。だのに、お姉さんはそれに追い討ちをかけるように、「よろしかったら外に大きなお鏡がございますのでぇ」などと言ってくる。ちょっとは状況を察しろよってもんだ。仕方がないので、「あ、でもなんか思ってたのとちょっと違ってるので、もう脱ぎますぅ」とかなんとか言って、さっさと試着室からの脱出を試みる。そうして、汗かくほどどっと疲れるのである。

というのは私の個人的経験に基づくもので、もしかするとこんなことを考えるのも私くらいなものかもしれないが、このお姉さんの存在がない、というのは実に楽チンだなぁと思ったのである。言ってみれば、「このドアの外に誰かがいて、自分の行動をチェックされていて、ゆっくりちゃんとした試着もできない」なんて状況は、お買い物の楽しみを半減させていると思う。だって試着ルームでは、パンツもセーターも時にはインナーまで持ち込んで、それでそれらを全部試着してみた上で、鏡で前から見たり、後ろからみたり、横から見たり、それでまた後ろを見たりして、そうして、「これだったら、手持ちのあの靴に合うかしら」とか「あのバッグにぴったりね」などと家のクローゼットの中身を思い出しながら、ああでもない、こうでもない、とやりたいではないか。それをあのお姉さんの存在は邪魔していないか。2分ごとに声なんかかけてきて、販売促進というより販売阻害だよ。

と言うわけで、私はたっぷり試着を楽しんで、そうして結果的には何も買わないで帰ってきた。ああ、そういえば、日本にいた時はこの「買わないで帰ってくる」、それすらも疲れる時があった。それもこれもあのねちっこいお姉さんのせいね。狙った獲物は逃がさないわ、とプレッシャーをガンガンとかけてくる蛇のようなあのお姉さんに、勇気を出して「やっぱりいいです」とか「ちょっと考えてきます」とか言うだけでも、なんだか後ろめたい気にさせられたものだ。で、極まれに「断れなくって買っちゃったぁ(涙)」なんてことがあって、帰宅して再度鏡をみてみるも「やっぱり似合ってない(泣)」…。それでも「返品はお断りします」なんてレシートに書かれてた日には、立ち直れないってものよ。ところが、アメリカ、アメリカ、いいな、返品天国。なんでも買って、何でも返せる。そうして返品に特別な理由などいらない、聞かれもしないし。

でもひとつだけ返品できそうにないものがあるのに気づいた。それは口紅などの化粧品。日本ではどこにも当たりまえにテスターがあるのに、この国にはそういう親切なサービスがない。上記のこととあわせて考えてみると、だから、まぁ、一長一短ってことね。マニキュアはビンの外からでもなんとか仕上がりが想像できるが、口紅なんかつけてみないとよくわからないし。これはどうしたもんか、と思っていたら、この間いいことを聞いちゃった。春色の口紅が欲しくて出かけた店で、やっぱりテスターはないし、キャップもシールされていて開かず、キャップについてるあまり当てにならないサンプルシールしか色の判断のしようがなくて、これは困ったぞと思っていたところ、売り場に店員が通りかかった。「聞いてみるだけ、聞いてみよう」と「これって返品できないですよね?でも、色がよく見えなくって…」と言ったら、その店員、ちょっと私に近づいてきて小声で言った。「アレルギー反応が出ちゃったわ、って言えばいいわよ。でもレシートは持っててね」だってさ。ほう〜。そういう手があったのね。聞いてみるもんだわ。