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もしかして「ホームシック」?

先日、私が日本で勤めていた会社の元同僚から荷物が届いた。日本からの小包ってのは、いついただいても嬉しいもので、箱を開ける時の、ドキドキ感はたまりません。この時も、予想外の大きさの箱だったので(荷物が届くことは事前に知っていたので)、「いや〜〜ん、なんだろう」と、思わず日本語で独り言を言いながら、急いで開封したのでした。

じゃじゃ〜〜〜ん!中から出てきたのは、日本の雑誌が3冊とCDが2枚。「雑誌が読みたいよ〜」と話してはいたもの、3冊も届けてくれるなんて思っていなかったので、まじで嬉しい。で、CDはとっても聴きたかったウタダの新譜と、「元ちとせ」という女性シンガーのもの。後者の方は初めて聞く名前だけれど、きっと今日本で流行っているんだろう、と理解した。早速、ウタダを大音量でかけながら、「日本語」の雑誌のページをめくる私。「あ〜ん、やっぱり日本語は楽でいいやねぇ。意識しなくても、なにが書いてあるかがわかるもんねぇ。」などと思いながら、久々のジャパニーズ・カルチャーにどっぷりはまっていくのでした。

ところで、浦島太郎になりつつある私には、たかが雑誌であっても、正直言って、かなり刺激が強かったのです。「日本はやっぱりすごいや、おしゃれなお姉さん方がゾロゾロだし、皆さん髪型だってとっても素敵。メイクもカラフルでとってもおしゃれだし…。私なんて、私なんて…」、とただひたすら思うばかり。NYでもNYCに住んでいれば、おしゃれなブティック街にも毎日行ったりできるんだろうが、ここコートランドではそれもかなわぬ遠い夢。ふ〜〜〜〜〜。気づいてみれば、3月にパーマをかけて以来、サロンには行っていないし、夏になって暑くなってからは、そのカーリーヘアを後ろでひとつに束ねるばかりの能無しヘア。メイクこそするが、東京で着ていた衣類にはすっかりご無沙汰で、もっぱらGAPのタンクトップとチノなんていう、典型的アメリカン・カジュアルに落ち着きっぱなしの毎日。このまま日本に帰ったりしたら、かなり恥ずかしい思いをするんじゃなかろうか、と、雑誌をめくりながら心配になったりして。「ああ、やっぱり日本っていいよね〜」・・・・・

と、そこで「あら?」と思ったのです。「あ、私ったら、ちょっと日本が恋しくなったりしてる?いやぁ〜〜、これってなに?ホームシックって奴?」、と自問自答。こっちで人によく聞かれる2大質問が、「日本が恋しくない?」「家族に会えなくて寂しくない?」なのだけれど、私はこの両方ともにも「全然平気よん」と答えてきた。それは強がりでもなんでもなく事実で、そりゃ家族のことは気になるが、これは自分で選んだ道で、そんなことは覚悟の上でこっちに住むことにしたわけだし、日本のことにしたって、こっちの生活が「自分の生活」になってしまった今は、ここの生活の方が快適だし楽しいと思っている。だのに。たかが「MORE」を一冊めくったくらいで、この2年間に感じたことがなかった、妙な気持ちを味わうことになるなんて。こりゃ滑稽だわね。

恐らく、ここの生活でのゆとりとか、ゆっくりしたペーストか、そういうのが自分の中で当たり前になってきた今、東京で暮らす緊張感、と、あえて私は言いたいのだけれど、(だって、いつだって、周りの流れに自分を合わせていなくちゃ、「置いてけぼり」になっちゃうし、だからトレンディな洋服に身を包み、最新スタイルのヘアスタイルを風に揺らし、「皆が持っている」流行りのバッグを持って、雑誌に出てたレストランやバーに繰り出すことはとっても大切で、仕舞いには健康法だって「流行ってる」から試したりする始末。「こういう情報を誰より先にキャッチするアンテナを、いつもピリピリはっていなくちゃ、東京ジャングルでは生きていけないのよ」と、その雑誌の全面から言われているような気がしたんだもの、ワタシ)、そういうのが、ちょっと羨ましかったり、恋しかったりしてるんだと、分析してみた。なんせ、ここでのワタシの日常は、実にのんびりしきっているもんなぁ。。。

すっかり、一冊の雑誌に考えさせられてしまって(笑)、お腹が空いたワタシは、冷凍ご飯をチンして「ご飯ですよ」をのっけて、ランチにする。パンより高い白いご飯に、これまた貴重品である海苔の佃煮という「豪華なランチ」に舌鼓を打ちながら思ったね。所詮ワタシの毎日の「いろいろ」なんてのは、「どっちもどっち」あるいは「無いものねだり」なんじゃないか?でもでも、テレビ見ながら夜更かしして、朝目覚めたら9時だった、なんて毎日はもう止められないって気がするけど。ははは。